2014年8月6日(水)、広島県の平和記念公園では、「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)が行われました。

式典には、被爆者や遺族、安倍総理ら約4万5000人が参列したほか、アメリカのケネディ駐日大使も出席しました。ケネディ駐日大使の出席の背景には、「核の廃絶」を謳うオバマ米大統領の将来的な出席に向けたスプリングボード的な意味合いがあるのかもしれません。

松井一実広島市長は平和宣言の中で、「憎しみの連鎖を生み出す武力ではなく、人と人とのつながりを大切に、未来志向の対話ができる世界を築かなければならない」と述べられました。


この1年で亡くなられた被爆者の人数は5507人にのぼり、原爆死没者は29万2325人になったとのこと。このように数字であらわされると、着実に「被爆者のいない世界」に近づいているという実感が、恐ろしいほど立ち現われてきます。

被爆者の体験と想いを、未来にどうやって残し伝えていくか、どうやって風化を食い止めるかという問題は、日本のみならず、現在世界が直面している切実な問題です。


首都大学東京の渡邉英徳准教授らは、この問題に真正面から向き合い、未来永劫的な語り部を生み出すという、ひとつの解決策を提示されています。


渡邉准教授らは、被爆者へのインタビュー内容や、現存している原爆・被爆に関する資料へいつでもアクセス・閲覧できる、「ヒロシマ・アーカイブ」と「ナガサキ・アーカイブ」を立ち上げられました。

インターネットさえ使えれば、世界中のどこからでも、また誰でもアクセスできるのはもちろん、これらのデータをグーグルアース上に落とし込み、重層表示させることで、被爆の実相を、よりリアルに追体験できるように工夫されています。



「ヒロシマ・アーカイブ」はこちら、「ナガサキ・アーカイブ」はこちらになります。



ご覧いただければわかると思いますが、素晴らしい取り組みです。

テクノロジーのあり方とは、まさにこうあるべきだと思いました。テクノロジーの発展とその使用は、常にその使用者である人間の幸福のために存在すべきです。恵まれた過ごしやすい社会の実現のためにテクノロジーはあるのであって、それを破壊するためにあってはならないと。

しかし、そのテクノロジーを使うのは人間です。なので例えばダイナマイトがそうであるように、時に私利私欲や実利、野望のために、そのテクノロジーを誤って使ってしまうこともあるでしょう。それはもしかしたらしょうがないことなのかもしれません。

でもまた一方で、その間違いに改めて気づかせてくれるのもまた、最先端のテクノロジーなのでしょう。「ヒロシマ・アーカイブ」と「ナガサキ・アーカイブ」がそうであるように。



人は不完全だから間違いを犯します。育ってきた環境も違えば、当然考え方も千差万別。誰もが同じものを、同じ時に、同じようには愛することはできません。

しかしそれぞれが、各々の確固とした違いを認識し合うことができれば、また過去の過ちや歴史と向き合うことができれば、きっとその先に「平和」というものがあるに違いありません。