2014年8月25日(月)にNHKで放送されたドキュメンタリー番組『プロフェッショナル仕事の流儀』で、美術監督の種田陽平さんが取り上げられていました。
種田さんは日本を代表する美術監督。美術監督としての腕はピカイチで、世界の巨匠クエンティン・タランティーノや、俳優業に監督業とマルチな活躍をしているキアヌ・リーブス、 日本の鬼才三谷幸喜監督などから絶大な信頼を寄せられています。
ものすごく物腰がやわらかそうで、不思議な魅力を感じる方です。
番組内で種田さんが発した言葉が、グサリと心にささりました。
世界は、極限の細部から出来ている。
細密画のようにある部分を描くことで、全体がどんどん引き締まって、大きさがでてくるみたいなことなんですよね。
(2014年8月25日放送『プロフェッショナル仕事の流儀』)
これは、PerfumeのMVのセットを組んでいる時に発した言葉。
種田さんは、完成した映像に映る映らない、使う使われないにかかわらず、セットの端々まで意識を行き届かせ、「完璧」を目指していました。
その様子に「妥協」という文字は一切ありません。
私は種田さんのこの言葉を聞いた時、ギリシャの彫刻家フェイディアスの逸話を思い出しました。
フェイディアスは、ある彫刻を彫りあげ、会計官にこの請求書を渡しました。しかし会計官は、その支払いを拒みました。 なぜなら鑑賞者から見えもしない背中の部分まで彫り、その分まで請求金額に含めていたからです。しかしフェイディアスは平然と言い返しました。「そんなことはない。神々が見ている」
このフェイディアスの逸話と種田さんの言葉、本質は似てるのかな~と。
人間って不思議なもので、しなければならないことから逃げてしまいます。しなければならないと頭ではわかっていても、逃げてしまいます。
例えば受験勉強。
勉強することで大学合格に近づけるとわかっていても、なぜか「今日ぐらいしなくていいか」とやらない日が一日、また一日と過ぎ去っていってしまったなんていう経験、よく聞きますよね。ダイエットもしかり(笑)。
ある目標を設定したら、 その目標を現実のものにするために、 周りにあるあらゆる雑音を掻き消し、とことんこだわり、努力する人、それを決して途中でやめない人のことを、「天才」とか「プロフェッショナル」っていうのかな。 アインシュタインも「私は天才ではありません。ただ、人より長くひとつのこととつき合ってきただけです」という言葉を残していますし。
種田さんの言葉を聞いて自問してしまいます。
私は、何かひとつでも貫き通せるものはあるか。どんな些細なことでもいいから、自分にとって譲れないことはあるか。
あと、話は逸れますが、クリエイターは臆病な気質の方が良いのかなと思いました。
臆病で、自分の作品に自信が持てないから、その自信の無さを埋める意味で、細部へ目がいくようになり、結果的に重厚な作品が完成するに至るのではないかと。 決して種田さんが臆病者だと言っているわけではありません(苦笑)。これは、勝手に私が思ったことです。
ちなみに種田さんが手がけたセットで作られたPerfumeのMVがこちらです。
驚いたのはMVの監督さんの最初の提案が超ざっくりだったこと(笑)。
「怪しげな雰囲気にしたい」という抽象的な提案から組み上げられたのが、MV内のセットになります。確かに怪しさ全開!
脚本ありきで出発しているのではなく、 種田さんのセットから物語が始まっているのが、なんともすごい。
種田さんは、ジブリ映画『思い出のマーニー』の製作に携わりました。アニメーションの背景画づくりに本格的にかかわるのは、この作品が初めてとのこと。
美術監督として確固とした地位を築きながら、今もなお「新しい何か」を模索し、挑戦している姿勢に、深い感銘を受けました。